読みもの東京タワーには、兄がいる

コラム

東京タワーには、兄がいる

東京より先に立った4塔を、今の高さで並べる。

東京タワーを描いた絵
東京タワー
東京タワー250 m全高 333 m
中部電力 MIRAI TOWER100 m全高 180 m
さっぽろテレビ塔90.38 m全高 144 m
通天閣94.5 m全高 108 m
別府タワー55 m全高 100 m
全高を同じ縮尺で、地面をそろえて並べた。赤い線は展望フロアの案内値。横に送ると、ほかの塔も見られる →東京・名古屋・札幌・通天閣をくらべる →東京タワーと別府タワーをくらべる →

別府タワーの公式サイトに、こう書いてあります。設計は「塔博士」内藤多仲。同じ名前が、名古屋にも、大阪にも、札幌にも、東京にもあります。戦後の10年ほどのあいだに、ひとりの設計者が日本中に塔を建てていました。

6つの塔

名古屋テレビ塔(いまの中部電力 MIRAI TOWER)の公式は、「設計者は、早稲田大学教授の内藤多仲工学博士」と書き、そのうしろに「後のさっぽろテレビ塔や東京タワーも同博士が設計」と続けます。通天閣の公式は「2代目通天閣の設計者である内藤多仲は、あの『東京タワー』も設計しとるんですわ」。さっぽろテレビ塔の公式は「設計者はタワー博士と呼ばれた『内藤多仲』」です。

東京タワーの公式サイトには、確かめた範囲で内藤多仲の名前が見あたりません。全日本タワー協議会の頁に「設計者 内藤多仲」とあります。福岡市の公式は、博多ポートタワーについて「名古屋テレビ塔をはじめ、(2代目)通天閣や別府タワー、さっぽろテレビ塔、そして、昭和33年に完成した東京タワーを手掛けた『塔博士』内藤多仲」と書いています。6つの塔の名前が、ひとつの文の中に並んでいます。

6塔の系譜には、東京タワーのあとに建った博多ポートタワーも入ります。福岡市は博多を「タワー6兄弟の末っ子」と紹介しています。この図で比べるのは、東京タワーと、それより先にできた4塔です。

東京は、あとから来た

公式に書かれている年を並べると、こうなります。名古屋テレビ塔が1954年。通天閣(2代目)が1956年。別府タワーとさっぽろテレビ塔が1957年。東京タワーが1958年です。

東京タワーは、図で比べる5塔のいちばん後ろにいます。333mを見上げるより前に、名古屋、大阪、別府、札幌には、それぞれの塔が立っていました。

今の高さで、兄弟を並べる

今の全高を並べると、名古屋テレビ塔が180m、さっぽろテレビ塔が144m、通天閣が108m、別府タワーが100mです。東京タワーは333mで、4塔のどれよりも高い塔です。

人が立てる床で見ても同じです。東京タワーの250mに対して、名古屋テレビ塔100m、さっぽろテレビ塔90.38m、通天閣94.5m、別府タワー55mです。先にできた塔のほうが、そろって低いのです。

名古屋の180mから、4年後の東京の333mへ。全高は153m増えました。

東京で見上げる333mの前に、4塔が立っていました。塔の形と年代を一緒にたどると、旅の順番も変わります。

出典

2026-09-09