コラム
西日本一の、10cm
150mの計画が、256mになりました。10cmの差は、市会の記録の中にあります。

1995年、大阪の南港に高さ256mのビルが完成しました。いまの大阪府咲洲庁舎です。翌1996年、関西国際空港の対岸に、りんくうゲートタワービルが完成しました。こちらも256mです。
150mから、256mへ
咲洲庁舎は、はじめ「大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC)」として建ちました。2010年に大阪府が買い取り、庁舎になりました。大阪府の資料
大阪市の調査委員会が2004年にまとめた報告書に、このビルの計画の移り変わりが載っています。
| 計画の時期 | 高さ | 総事業費 |
|---|---|---|
| 1989年4月(会社の設立時) | 150m | 約520億円 |
| 1990年3月 | 252m | 約980億円 |
| 1995年4月 | 256m | 約1,193億円 |
150mから252mへ上げた理由のひとつとして、報告書は「大阪市のランドマークタワーとして、西日本一の高さにすべきだという意見・認識があった」と書いています。
256mになった最後の計画の段は、こう結ばれています。「大阪府のりんくうゲートタワービルと同じ西日本一の高さとなった」。大阪市特定団体調査委員会の報告書
10cmは、どこにあるか
2021年3月22日の大阪市会の財政総務委員会で、議員がこの報告書を引いて話しています。「皆さん御存じのとおりりんくうゲートタワービルに10センチ、後でかさ増しされて、西日本一の高さにはならなかったわけです」。大阪市会の会議録
施工した大林組は、りんくうゲートタワービルを「当時西日本一の高さ(256m)」と書いています。泉佐野市の頁も256mです。1996年10月1日の開業を伝えた日本食糧新聞は、「西日本一の超高層ビル」、地上256mと書きました。大林組・泉佐野市・日本食糧新聞
ここで当たった資料は、どれも256mでした。10cmの差は、議事録の中の言葉として残っています。
日本一は、横浜にあった
どちらが高かったとしても、日本一には届きませんでした。横浜ランドマークタワーが1993年に296mで開業していました。咲洲の計画が目指したのも、西日本一でした。横浜ランドマークタワー
2014年3月7日、300mのあべのハルカスが全面開業しました。西日本一も日本一も、同じ大阪の1本のビルに移りました。あべのハルカス・近鉄グループ
いま咲洲庁舎で人が立つ展望台は、地上252mです。1990年の計画では、そこがビルのてっぺんでした。
出典
- 大阪市特定団体調査委員会 報告書(2004年10月・本編19〜20・26頁)(2026-09-24取得)
- 大阪市会 会議録(令和3年2・3月定例会 財政総務委員会 3月22日)(2026-09-24取得)
- 大阪府 大手前・咲洲庁舎の整備・活用について(2016年9月)(2026-09-24取得)
- 大林組 大阪ワールドトレードセンタービルディング(2026-09-24取得)
- 大林組 りんくうゲートタワービル(2026-09-24取得)
- 泉佐野市 りんくうタウン(2026-09-24取得)
- 日本食糧新聞 1996年10月4日(2026-09-24取得)
- 横浜ランドマークタワー(2026-09-24取得)
- あべのハルカス 近鉄とあべのの歴史(2026-09-24取得)
- 近鉄グループホールディングス 地域と共生する「あべのハルカス」(2026-09-24取得)
- さきしまコスモタワー展望台(2026-09-24取得)
2026-09-24