扉›読みもの›渋谷駅の《明日の神話》、広島と大阪も手をあげていた?

コラム

渋谷駅の《明日の神話》、広島と大阪も手をあげていた?

長さ30mの壁画を立てると、太陽の塔の中でのぼれる高さとそろいます。

渋谷駅の連絡通路にある岡本太郎の壁画《明日の神話》は、どうして渋谷に置かれたのでしょうか。2008年に置き場所を決めたとき、候補は渋谷区のほかに、大阪府吹田市と広島市もありました。

3つの街が正式に手をあげた

2008年1月9日、壁画の再生プロジェクトは、置き場所の候補を3つと発表しました。東京都渋谷区・大阪府吹田市・広島県広島市で、どれも自治体から正式に招致の申し入れがありました。プロジェクトの文は「いずれも『明日の神話』の終の住み処として申し分なく」と書いています。

吹田市には、太陽の塔が立つ万博記念公園があります。広島市は、壁画が描いている原爆が落ちた街です。のちに壁画を守るためにできた明日の神話保全継承機構は、渋谷の壁画と、南青山の記念館、神宮前の《こどもの樹》が国道246号に沿って並ぶ線を「TAROの道」と呼んでいます。

同じニュースは、遅くとも岡本太郎の生誕100周年にあたる2011年までに設置を終えたい、と書いていました。2008年3月18日、壁画を公開していた東京都現代美術館で記者発表があり、置き場所は渋谷に決まりました。

置く側が最初に挙げたのは人の往来

プロジェクトのニュースは、決まった日を伝えるだけで、渋谷を選んだ理由は書いていません。この機構が、置いた意図として最初に挙げているのは、「人々が往来する公共的空間」に置くことです。続けて、「新しく生まれ変わる渋谷のエネルギー」と重なることを挙げています。

2008年10月28日、青山学院大学で招致記念のシンポジウムが開かれ、設置のあとに壁画を守るNPOをつくることが報告されました。パネルディスカッションでは、渋谷を「毎日30万人もの人々が前を通る場所」として意見が交わされています。クリエイティブディレクターの箭内道彦さんは、「この壁画を見上げるのは、前を通る30万人のうち、1万人かもしれない」と話しました。

箭内さんは続けて、「ずっと気づかずに、10年間、前を歩く人だっているかもしれない。でも、その人が10年受けるものはきっと時限爆弾みたいになって、いつか爆発するでしょう」と話しています。

候補を発表した文には、岡本太郎の「芸術は、鑑賞しなくてもいい、文句を言ってもいい、無視してもいいんだ」という言葉が引かれていました。

立てると太陽の塔の中の30mにそろう

《明日の神話》は長さ30m、高さ5.5mあります。14枚のパネルを並べてできています。太陽の塔は高さ約70mで、中に入ると生命の樹を見ながら階段で30mまでのぼれます。

長さ30mの《明日の神話》を立てると、太陽の塔の中でのぼれる30mと同じ高さになります。
太陽の塔と、立てた《明日の神話》

図1は、壁画を縦に立てて、太陽の塔の横に同じ縮尺で並べたものです。壁画のてっぺんは、太陽の塔の中でのぼれるいちばん上の高さとそろいます。そこまでの階段は145段あります。降りるときは、別の階段を使います。

《明日の神話》は、太陽の塔と同じころに作られました。岡本太郎記念館は、この壁画を「“塔と対をなす”といわれる」と紹介しています。

メキシコのホテルのために描かれた

1967年、来日したメキシコの実業家が、メキシコシティの中心に建てていたホテルの壁画を岡本太郎に頼みました。岡本太郎は1968年からメキシコに通い、スーパーマーケットとして建てていた建物をアトリエにして描き始めます。同じころ大阪万博のテーマ館の仕事も抱えていて、その合間に何度も海を渡りました。

1969年、ほぼできあがった壁画はホテルのロビーに仮に据えられました。依頼主の経営が傾き、ホテルは建ちきらないまま人手に渡ります。壁画は外され、各地を転々とするうちに行方が分からなくなりました。

資材置き場から汐留、渋谷へ

2003年の秋、メキシコシティ郊外の資材置き場に置かれていた壁画を、岡本太郎のパートナーだった岡本敏子が確かめました。機構は、見つかったときの壁画を「無惨な状態」と書いています。

《明日の神話》は1968年にメキシコで描き始められ、行方が分からなくなったあと2003年に見つかり、2008年から渋谷の通路にあります。
《明日の神話》が渋谷に来るまで

2004年に岡本太郎の財団の中に再生プロジェクトの事務局ができ、2005年に壁画は日本へ運ばれました。修復は2006年6月に終わり、翌月、汐留で初めて公開されました。50日間で延べ200万人が見に来ています。2007年4月からは東京都現代美術館で公開されました。

2008年11月から、壁画は渋谷の通路に置かれています。通路に置いてから傷みが進み、2023年から3回に分けて改修されました。最初の工事は2023年の秋、次は2024年の秋でした。

最後の工事は2026年3月30日から6月30日まででした。機構の完了の報告は「全14枚の壁画すべての修復・改修が完了」と書いています。

描かれているのは原爆の瞬間

《明日の神話》に描かれているのは、原爆が炸裂する瞬間です。岡本太郎記念館は「単なる被害者の絵ではありません」と説明しています。続けて「人は残酷な惨劇さえも誇らかに乗り越えることができる、そしてその先にこそ『明日の神話』が生まれるのだ」と書いています。

画面には、第五福竜丸も描かれています。岡本敏子はそれを「第五福竜丸は何も知らずに、死の灰を浴びながら鮪を引っ張っている」と書きました。虫も魚も動物も、画面の外に逃げ出そうと「健気に力をふりしぼっている」とも書いています。

岡本敏子は、きのこ雲の端について「末端の方は生まれたばかりの赤ちゃんだから、無邪気な顔で、びっくりしたように下界を見つめている」とも書いています。燃える骸骨には「何という美しさ、高貴さ」と書きました。そして、この壁画を「岡本太郎の最大、最高の傑作である」と書いています。

太陽の塔の中の30mまでの階段は、前日までの予約でのぼれます。

見に行ける所

  • 明日の神話長さ30mの岡本太郎の壁画。駅の連絡通路に置かれているので、入場料はかからない渋谷マークシティの連絡通路(JRと京王井の頭線の間)
  • 岡本太郎記念館岡本太郎が暮らし、描いていた家。入るときは靴を脱ぐ。一般900円、火曜日休み(祝日は開館)南青山。表参道駅から歩いて8分
  • 太陽の塔の中高さ約70mの太陽の塔の中を、階段で30mまでのぼれる。前日までの予約制大阪の万博記念公園の自然文化園
出典(8件)