コラム
太陽の塔は何m? 中は何mまでのぼれる?
太陽の塔は、建てたときは仮設の建物として扱われていました。
大阪の万博記念公園にある太陽の塔は何mあり、中に入ると何mまでのぼれるのでしょうか。高さは約70mで、中でのぼれるのは30mまでです。
生命の樹でのぼれるのは途中の30mまで
入ってすぐの1階には、復元された第4の顔「地底の太陽」のゾーンがあります。塔の中には、鉄でできた高さ約41mの「生命の樹」が立っています。生命の樹の幹や枝には292体の生き物の模型が付いていて、アメーバから人類までの進化をあらわします。
「生命の樹」のゾーンは、高さ30mまでのぼりながら見ます。のぼる道は6フロアあり、5つの階段で進みます。樹のてっぺんは、30mのさらに上にあります。階段は145段あり、降りるときは別の階段を使います。
図1で見ると、30mは腕の高さのあたりです。黄金の顔は、そこからさらに上にあります。太陽の塔は、てっぺんでも、大阪の通天閣のいちばん上の展望台(94.5m)の高さに届きません。
1970年は右腕を抜けて大屋根へ出た
岡本太郎の構想では、テーマ館は地下が過去、地上が現在、空中が未来の3つの空間でできていました。公式によると、テーマは、地下が「生命の神秘」、地上が「現代のエネルギー」、大屋根の空中が「未来の空間」でした。
1970年の大阪万博の来館者は、生命の樹を見ながらエスカレーターで上へ移動し、右腕の中を通ったあと、大屋根の中の高さ約30mの所から地上へ帰りました。パナソニックの建築レポートは「高さ約30mの大屋根」と書いています。来館者が大屋根に出た約30mは、いま中でのぼれる高さとほぼ同じです。
大屋根は南北292m、東西108mの大きな屋根でした。上の端の高さは約40mです。大屋根は1977年から1978年度にかけて取り外されました。2016年度の改修で、塔を軽くするために、中のエスカレーターを階段に変えました。
太陽の塔は仮設の建物として建てられた
大阪万博が終わったら、パビリオンは6か月で解体される予定で、太陽の塔も建てたときは仮設の建物として扱われていました。閉会後に残してほしいという署名が多く寄せられ、1975年に永久保存が決まりました。博覧会が閉じてから50年近く、塔の中は公開されませんでした。
博覧会のころ地下に展示されていた顔「地底の太陽」は、全長約11mの大きな展示でした。もとの地底の太陽は、博覧会のあとに撤去されてから、いまも行方が分かりません。
文化庁によると、中を見たいという要望を受けて耐震診断を行いました。耐震工事とあわせて生命の樹と地底の太陽を復元し、2018年3月に中を一般公開しました。中を直すための寄付は2,375件集まりました。
生命の樹に載る生き物の模型の多くは、2018年の改修のときに、もとの姿にならって新しく作られました。太陽の塔は2025年に国の重要文化財に指定されました。
- 内部再生前の太陽の塔360°映像(太陽の塔オフィシャルサイト)2018年の再生の前の、塔の中のようすを360°で見られる
岡本太郎は万博をお祭りと考えていた
岡本太郎がテーマ展示のプロデューサーに選ばれたのは1967年7月7日です。公式記録は、岡本太郎が選ばれたのは「ユニークな発想、ざん新なオリジナリティー、力強い構成力や豊かな表現力、バイタリティーなど」が高く評価されたためと書いています。
岡本太郎は羽田空港の記者会見で「万国博は人類のお祭りなのだから、日本の場合は芸術のかおりの高いものにし、また展示を集中するため、テーマ館は1ヵ所にした方がより効果的だろう」と話しました。太陽の塔は、テーマ館の中心として、大屋根をつらぬいて立っていました。
公式は太陽の塔を「過去・現在・未来を貫いて生成する万物のエネルギーの象徴であると同時に、生命の中心、祭りの中心を示したもの」と書いています。顔は外に3つあります。頂部の「黄金の顔」は未来、正面の「太陽の顔」は現在、背面の「黒い太陽」は過去をあらわします。
形を建物にするため、東京大学の坪井善勝研究室と川股重也研究室が構造の解析を受け持ち、100分の1の石膏の模型を輪切りにして写し取り、図面にして数式にしました。大阪万博のときに頂部にあった初代の「黄金の顔」は、1992年の改修で取り外されました。
- 太陽の塔(文化庁)1970年の大阪万博のころの太陽の塔と大屋根の写真と、竣工時の図面
階段がきつい人はエレベーターで上がれる
入館は前日までの予約制です。歩くのが難しい人や、体力に自信のない人もエレベーターを使えます。エレベーターは入館の予約のときに一緒に申し込みます。
エレベーターが止まるのは、1階・中層階・最上階です。エレベーターで上がる人は、止まる3つのフロアを見ます。4歳未満の子どもは、抱いたまま階段を使えないので、エレベーターで見ます。
塔の中は、上の階と下の階で気温に差があります。公式は、暑い時季は熱中症に気をつけるよう書いています。写真を撮れるのは塔の中の1階だけです。塔の中は一方通行で、逆には進めません。
太陽の塔より先に若い太陽の塔ができた
1969年に、愛知県犬山市の日本モンキーパークに「若い太陽の塔」が造られました。中日新聞によると、若い太陽の塔は日本モンキーパークの中、犬山市街地を望む山の上にあります。
若い太陽の塔の高さは26mです。中日新聞の写真の説明には、若い太陽の塔の展望台から濃尾平野を見渡せると書いてあります。中日新聞は、若い太陽の塔は太陽の塔と「兄弟に例えられる」と書いています。太陽の塔より前にできた「若い太陽の塔」は、どんな塔なのでしょうか。
1970年に太陽の塔の頂部にあった初代の「黄金の顔」は、いま万博記念公園のEXPO'70パビリオンの別館で見られます。
見に行ける所
- 太陽の塔の中高さ約41mの生命の樹と、復元された第4の顔「地底の太陽」万博記念公園の自然文化園。塔の裏側の入口から地下へ。1階から高さ30mまで6フロア(前日までの予約制。入館料は大人720円で、別に入園料)
- EXPO'70パビリオン 別館1970年に太陽の塔の頂部にあった初代の「黄金の顔」の正面部分別館の展示室5「未来を表す『黄金の顔』」。別館へは本館の見学ルートから入る(常設展観覧料 高校生以上500円)
通天閣同じ大阪の通天閣の、いちばん上の展望台屋外の天望パラダイス(94.5m)公式の案内 ↗
出典(11件)
- 太陽の塔オフィシャルサイト・太陽の塔とは(2026-10-24取得)
- 太陽の塔オフィシャルサイト・ご利用案内(2026-10-24取得)
- 太陽の塔オフィシャルサイト・入館料(2026-10-24取得)
- 太陽の塔オフィシャルサイト・岡本太郎について(日本万国博覧会公式記録 第1巻より)(2026-10-24取得)
- 太陽の塔オフィシャルサイト・太陽の塔内部再生事業について(2026-10-24取得)
- 文化庁・昭和の文化財「太陽の塔」(2026-10-24取得)
- パナソニック 建築レポート vol.54「太陽の塔」(2026-10-24取得)
- 万博記念公園・EXPO'70パビリオン「黄金の顔(EXPO'70当時)」公開(2026-10-24取得)
- 中日新聞「<わが街ぶらり探訪>犬山の「若い太陽の塔」」2021年9月8日(2026-10-24取得)
- 通天閣・館内案内(2026-10-24取得)
- 太陽の塔オフィシャルサイト・開館時間・休館日・アクセス(2026-10-24取得)