| 種別 | |
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| 展望台の地上高 | 94.5 m(黄金の展望台87.5m・天望パラダイス94.5m) |
| 建造物の全高 | 108 m |
| 開業 | 1956年 |
| 料金 | 1,500円 |
| 営業時間 | 9:00-21:45(最終入場21:15) |
| 最寄り | 大阪メトロ 恵美須町駅 |
| 公式 | https://www.tsutenkaku.co.jp/ |
| 出典 | https://www.tsutenkaku.co.jp/tour/index.html |
通天閣で人が立てる床は、地上八七・五メートルと九四・五メートルの二枚。上のほうは屋根の上で、屋外にある。そして塔の中には、地下へ滑り降りる筒が通っている。終点は地上マイナス四・五メートル。この塔は、上と下の両方に伸びている。
屋内の展望台が「黄金の展望台」で、五階、地上八七・五メートル。その屋根の上に載っているのが「天望パラダイス」で、地上九四・五メートル。直径八・五メートルの回廊をぐるりと一周できる。
名古屋テレビ塔と同じで、ここも屋外のほうが高い。ガラス越しに見るより、風の当たる床のほうが上にある。
ここは九四・五メートルを数えている。人が立てる床のうち、いちばん上を取る。八七・五メートルのほうは、それより七メートル低いだけの別の床だ。
もう一枚、地上九二・五メートルに「TIP THE TSUTENKAKU」という跳ね出しの床がある。塔の外へ張り出した部分で、天望パラダイスより二メートル低い。
二〇二二年に、塔の中に滑り台が通った。「TOWER SLIDER」。三階、地上二二メートルから入って、地下一階、地上マイナス四・五メートルで止まる。全長六〇メートル、斜度およそ三十度、所要およそ十秒。
上りはエレベーター、下りは滑り台。塔の高さを、上がるためではなく降りるために使っている例は、ここにほかにない。
地上二二メートルから地上マイナス四・五メートルまで、落差は二六・五メートル。展望台の九四・五メートルとは関係のない数字だが、この塔の縦の長さを測るなら、下も足さないと足りない。
塔そのものの高さは、資料によって二つ出てくる。
二〇〇七年五月十五日、国の登録有形文化財に登録された。そのときの記述はこうなっている。「脚部をSRC造とした103m高の鉄塔で,塔の東側には円筒形の補助塔を設ける。四角形から八角形に平面形状が変化する塔身に独特な形状の展望台を戴き,四周に広告用等の施設を付設し,大阪のシンボルとして広く親しまれる。」一〇三メートルである。大阪市の資料も同じ数字を採る。
いっぽう、いま広く出回っているのは一〇八メートルという数字だ。こちらは通天閣自身が書いている。二〇一六年のお知らせにこうある。「開業60周年を祝い10月1日『展望の日』に頂上部の避雷針を3メートルから8メートルに変更して棟全体の高さが5メートル伸び108メートルになりました!」
つまり、どちらも間違っていない。一〇三メートルは避雷針が三メートルだったころの高さで、二〇一六年十月一日に五メートル伸びた。登録原簿はその九年前の姿を記録している。塔の高さは、動かないものではない。
三つめの数字もある。公式の資料の頁は、二代目の塔について「塔高:地上100m」と書く。避雷針を含まない、躯体だけの高さだ。一〇〇と一〇三と一〇八は、どれも同じ塔の高さで、どこまでを塔と数えるかが違うだけになる。ここは一〇八メートルを置いている。
もっとも、この塔で主役になるのは九四・五メートルのほうなので、五メートルの差は頁の端の話ではある。
いまの通天閣は二代目だ。初代は一九一二年(明治四十五年)に建った。高さ七五メートル。パリのエッフェル塔を模した上半分を、凱旋門を模した台座に載せた形をしていた。
一九四三年に解体されている。足元にあった映画館の火災が先にあり、そのあと塔は姿を消した。「金属供出のために解体された」という話は広く語られているが、通天閣の公式資料にも大阪市の記述にも、供出という言葉は見当たらない。ここでは書かないでおく。
再建は一九五六年。設計は内藤多仲。公式の資料館の頁は、内藤について「あの『東京タワー』も設計しとる」と大阪弁で書いている。名古屋テレビ塔が一九五四年、通天閣が一九五六年、さっぽろテレビ塔が一九五七年、東京タワーが一九五八年。四年のあいだに四本建っていて、通天閣はその二番目だ。
初代と二代目のあいだは十三年空いている。ここが数えているのは、二代目の高さだけだ。
塔の胴に付いている広告は、日立製作所のものだ。点いたのは一九五七年七月二十二日。日立はこう書いている。「一九五七年七月二十二日、二代目通天閣にネオンサインがともったその日、十五年ぶりの点灯に大阪の街は感動に包まれたといいます。」十五年ぶり、というのは初代の塔にもネオンが点いていたということだ。逆算すると一九四二年 ── 塔が解体される前の年に、その光は消えている。
一九七四年に消えている。オイルショックで、通産省から省エネの指導が出たためだ。再び点いたのは一九七九年四月二十八日。地元と日立が署名を集めた末の再点灯だったという。五年ほど、この塔は光っていなかった。
看板は東西南北の四面にある。ただし西の面に日立の広告は入っていない。「西面は通天閣と契約当初からの約束で日立の広告は掲載せず、社会貢献や地域活性化を目的とした文言を掲載し続けています。」 ── 約束の理由までは、公表資料から辿れなかった。
二〇二三年九月、看板はLEDに変わった。日立の発表は「日立が一九五七年より掲出してきた通天閣の屋外広告のなかで、今回初めての装いとなります」と書いている。六十六年、同じ広告主が同じ塔に付いている。塔の形を覚えている人は、たいていこの光り方ごと覚えている。
行って見た記録ではなく、公式・自治体の案内に載っている記載を写したもの。
| 展望フロアの向き | 五階の屋内展望台(八七・五メートル)と、その上の屋外「天望パラダイス」(九四・五メートル)の二層 |
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出典 https://www.tsutenkaku.co.jp/tour/index.html(2026-08-23取得)
高さと地球の丸みだけで出した、見晴らしの上限。建物や山にさえぎられる分は入っていないし、天気も考えていない。「よく晴れて、何もさえぎるものが無ければ、ここまで」という数字だと思ってほしい。
| 富士山まで | 304 km この高さでは、地球の丸みに隠れて届かない(富士山は3776 m あるので、向こうからも219 km 先まで見えている計算になる) |
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相手のてっぺんが地球の丸みの上に出るか、だけを見ている。間に建物や山があれば見えない。近いものから。右の数字は相手のてっぺんの高さ。
計算式 地平線までの距離 = 3.57 × √高さ(m) 地球を半径6371 kmの球とした幾何計算。大気の屈折はみていない(実際は約7%のびる)。
地面そのものの標高は持っていないので、海面から測ったものとして計算している。高台に建っている場所は、実際にはもう少し遠くまで届く。公式の発表ではなく、ここで計算した値。
この場所の緯度経度と、人が立てる高さから計算した。高いところでは地平線が下に見えるぶん、地上より少し遅く沈む。天気も、まわりの建物や山も入っていない。「晴れて、西がひらけていれば」の時刻。
一年でいちばん遅い日没は6月30日ごろの 19:17、いちばん早いのは12月5日ごろの 16:48。開いている時間は上の表で。
計算 太陽の位置は NOAA の一般式(誤差は一分ほど)。高さの補正は 眼高差 ≒ 1.76′×√高さ(m)。時刻は日本標準時、この頁を開いた日の日付で計算している。公式の発表ではなく、ここで計算した値。
都県では区切らない。この塔からの直線距離で並べてある。
同じ系譜に置いた塔。何でつながっているかが違うので、軸ごとに分けてある。
いちばん上の床は94.5m。すぐ上は神戸市役所 展望ロビーの100m(+5.5m)。すぐ下はテレコムセンター展望室の91m(−3.5m)。登れる高さがわかっている五十六基のうち、第三十六位。
← → キーでも隣の塔へ動けます。