図版高さ第33位 / 56基中中部電力 MIRAI TOWER
No.39 電波塔

中部電力 MIRAI TOWER

愛知県名古屋市中区
1954年開業。公開中。登れるのは90mと100mの二層。建造物の全高は180m。
90 / 100m人が登れる高さ
印はこの端末の中にだけ残る。どこにも送らない。
種別
展望台の地上高100 m(スカイデッキ90m・スカイバルコニー100m)
建造物の全高180 m
開業1954年
料金1,300円(2026年9月13日までの夜間は1,800円)
営業時間平日・日曜10:00-21:00(最終入場20:40)/土曜10:00-21:40(最終入場21:20) 2026年9月13日までは夏季二部制(昼10:00-18:00/夜19:00-21:00)
最寄り名古屋市営地下鉄 久屋大通駅
公式https://www.nagoya-tv-tower.co.jp/
出典https://www.nagoya-tv-tower.co.jp/fee/

名古屋テレビ塔 ── いまの名は中部電力 MIRAI TOWER ── で人が立てるのは、地上九〇メートルと一〇〇メートルの二か所。上のほうが屋外だ。ガラスの内側より、風の当たる床のほうが高いところにある塔は、そう多くない。

九〇メートルと一〇〇メートル

屋内の展望台がスカイデッキで、地上九〇メートル。その上、地上一〇〇メートルにあるのがスカイバルコニーで、公式はこれを「窓がない吹き抜けの空間」と書いている。

たいていの塔は、屋外に出られる床を屋内より下に置く。ここは逆になっている。いちばん高いところに立ちたければ、外に出るしかない。

ここが数えるのは一〇〇メートルのほうだ。人が立てる床のうち、いちばん上を取る。

一七八・七メートルと一八〇メートル

塔そのものの高さになると、数字が二つ出てくる。公式サイトの沿革は「高さ180m」と書く。いっぽう国の重要文化財としての指定は、構造をこう記している。

「鉄骨造及び鉄骨鉄筋コンクリート造、高さ178.7m、脚間35.0m、建屋、展望台及び地上エレベーターシャフト付」

一・三メートルの差がどこから来るのか ── 避雷針を含むか含まないか、といったことだと思われるが、公表されている資料からは確かめられなかった。ここは全高に一八〇メートルを載せている。公式の表記に合わせただけで、根拠が強いからではない。

もっとも、ここが主役に置いているのは一〇〇メートルのほうなので、一・三メートルの争いは頁の端の話ではある。

日本で初めての集約電波鉄塔

開業は一九五四年六月二十日。公式は「日本で初めての集約電波鉄塔」と書いている。放送局ごとに塔を建てるのではなく、一本にまとめる ── その最初がここだった。

設計は内藤多仲。公式の沿革には「後のさっぽろテレビ塔や東京タワーも同博士が設計」とある。名古屋が一九五四年、さっぽろテレビ塔が一九五七年、東京タワーが一九五八年。東京タワーより四年早い。

ここの系譜で「内藤多仲の塔」をひとまとめにしているのは、この順番があるからだ。

タワーで初めての重要文化財

二〇二二年十二月十二日、国の重要文化財に指定された。公式は「全国のタワーで初めて、国の重要文化財に指定」と書いている。

指定の名称は「名古屋テレビ塔」。塔の呼び名は二〇二一年五月に中部電力 MIRAI TOWER へ変わっているが、文化財としての名前は旧名のままだ。ここでは現在の名を見出しに、旧名を本文に置いている。

登録有形文化財だった時期を経ての指定だが、その登録がいつだったかは、公表資料から特定できなかった。

一年八か月、閉じていた

二〇一九年一月から休業に入り、再び開いたのは二〇二〇年九月十八日。一年八か月ほど閉じていたことになる。

工事の中身について、公式は「世界初の工法による免震装置の設置」「建設当時の外観はそのままに塔内を一新」と書く。塔の脚まわりに手を入れながら、外から見える形は変えない ── 重要文化財に向かう建物の直し方として、筋が通っている。

このとき塔の中にホテルが入った。四階と五階。翌年に名前が変わり、いまの中部電力 MIRAI TOWER になる。

七十年前の塔が、閉じて、直って、また開いた。閉じている塔をここから外さないのは、こういう先があるからでもある。

わかっていないこと
  • 公式の「180m」と、重要文化財指定の「178.7m」の差が何によるのか。広報に尋ねれば分かる
  • 国の登録有形文化財に登録された年月日。文化庁の国指定文化財等データベースか、県・市の文化財保護室に当たる必要がある
  • 免震装置の耐震性能について、公式の原文を確認できていない
  • スカイデッキとスカイバルコニーが、料金の上で分かれているかどうか。現行の料金表では展望台入場料金として一本になっているように読める
  • 開業当時の逸話(設計のやり直し、来場者百万人など)の一次資料

ここから何が見えるか

行って見た記録ではなく、公式・自治体の案内に載っている記載を写したもの。

展望フロアの向き屋内のスカイデッキ(九〇メートル)と、屋外のスカイバルコニー(一〇〇メートル)の二層。いずれも三百六十度

出典 https://www.nagoya-tv-tower.co.jp/floor/fr.html(2026-08-23取得)

どこまで届くか

高さと地球の丸みだけで出した、見晴らしの上限。建物や山にさえぎられる分は入っていないし、天気も考えていない。「よく晴れて、何もさえぎるものが無ければ、ここまで」という数字だと思ってほしい。

36km地上100 m から、地平線まで
富士山まで166 km さえぎるものが無ければ、計算上は届く(富士山は3776 m あるので、向こうからも219 km 先まで見えている計算になる)

計算上、ここから届くほかの場所 1か所

相手のてっぺんが地球の丸みの上に出るか、だけを見ている。間に建物や山があれば見えない。近いものから。右の数字は相手のてっぺんの高さ。

計算式 地平線までの距離 = 3.57 × √高さ(m) 地球を半径6371 kmの球とした幾何計算。大気の屈折はみていない(実際は約7%のびる)。
地面そのものの標高は持っていないので、海面から測ったものとして計算している。高台に建っている場所は、実際にはもう少し遠くまで届く。公式の発表ではなく、ここで計算した値。

日が沈む時刻

この場所の緯度経度と、人が立てる高さから計算した。高いところでは地平線が下に見えるぶん、地上より少し遅く沈む。天気も、まわりの建物や山も入っていない。「晴れて、西がひらけていれば」の時刻。

9月2日の日没18:21地上100 m で。地上より1分28秒おそい
街の灯りがそろうころ18:45市民薄明の終わり。空に色が残らなくなる
夕景と夜景を一度に見るなら16:51日没の九十分前に上がる、が愛好家の目安

一年でいちばん遅い日没は6月30日ごろの 19:13、いちばん早いのは12月6日ごろの 16:42。開いている時間は上の表で。

計算 太陽の位置は NOAA の一般式(誤差は一分ほど)。高さの補正は 眼高差 ≒ 1.76′×√高さ(m)。時刻は日本標準時、この頁を開いた日の日付で計算している。公式の発表ではなく、ここで計算した値。

ここから近い塔

都県では区切らない。この塔からの直線距離で並べてある。

この塔とつながっているもの

同じ系譜に置いた塔。何でつながっているかが違うので、軸ごとに分けてある。

内藤多仲の塔

電波を送るための塔

全日本タワー連盟に加盟している塔

高さの並びの中で

100mは、フジテレビ球体展望室 はちたまと横浜マリンタワーとニデック京都タワーと神戸市役所 展望ロビーと同じ高さ。登れる高さがわかっている五十六基のうち、第三十三位。

← → キーでも隣の塔へ動けます。